山猫図書館

     勧 酒           于武陵
 
 勧君金屈梔
 満酌不須辞
 花発多風雨
 人生足別離
 コノサカヅキヲ受ケテクレ
 ドウゾナミナミツガシテオクレ
 ハナニアラシノタトヘモアルゾ
 「サヨナラ」ダケガ人生ダ
      井伏鱒二訳詩(講談社文芸文庫)
 

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山猫図書館

   そのつど         永井  祐
 二月は逆に長かったっていう人にコンビニのドアを開けてあげます
 大学生ノリは世界に存在し僕らはそれを指摘していく
 仕事するごはんを食べるLINEする 百均のレジに列ができてる
 春になったところで一人が風邪をひく もう一人ねころがって本読む
 カーテンを半分開けた部屋のなかビニールの音ときどきしてる
      「うた新聞  卯月作品集」(平成30年4月10日第73号)
 
 
 

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日日の言葉

 そしてある晩。文子が鄭の部屋に遊び
に行くと、見知らぬ青年が火鉢を囲んで
何やら鄭と話し込んでいた。青い職工服
を着て茶色いコートを羽織り、真っ黒な
髪は肩まで伸びていた。ガリガリに痩せ
て、コートのボタンは落ちそうにぶらぶ
らしているし、袖口は擦り切れ、肘のあ
たりに穴も開いている。見るからに貧乏
くさくて寂しげな風情の男だ。だのに、
なぜかその見すぼらしさに逆行するような
ふてぶてしい風格があった。
 ブレイディみかこ「我ら、犬ころズ」(図書 2018年4月)
 
 

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日日の言葉

  いちど、人に一生もののあだ名がつく瞬間を見たことがある。
 広い座敷での宴会だった。隣の座卓に若い編集者が座っていて、
出版界の未来についてとか、あるべき編集者の姿とかについて、と
ても真摯に熱っぽく語っていた。
 しばらくしてふと立ち上がり、座卓を回りこんで反対側に座った。
するとなぜか急にへべれけになり、がくっと背中が丸くなり、ろれ
つが回らなくなった。話す内容まで恋愛の悩みとかになった。そし
て言った。
「俺だってさあ、オダバイでデートしたいっすよ」
 お台場、と言いたかったらしい。「オダバイ君」誕生の瞬間だっ
た。それきり何年も会っていないが、このあいだ誰かが彼のことを
まだ「オダバイ君」と呼んでいるのを聞いた。
         岸本佐知子「ネにもつタイプ  一生もの」(ちくま 2018/4)
 

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日日の言葉

 
 目に一丁字もない人間が、この世をどう見ているか、それが大切である。
権威も肩書も地位もないただの人間がこの世の仕組みの最初のひとりで
あるから、と思えた。それを百年分くらい知りたい。それくらいあれば、一人
の人間を軸とした家と村と都市と、その時代がわかる手がかりがつくだろう。
そういう人間に百年前を思い出してもらうには、西南役が思い出しやすい
だろう。始めたときそう思っていた。それは伝説の形であるだろう。例えば
天草の乱の底などに流れている「隠れ」の思想が現代ではどうなっている
か。「伝説」から読み解けないであろうか。それのほの見える入口に立った
かと思う。
       石牟礼道子『西南役伝説  あとがき』(講談社文芸文庫)
 

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日日の言葉

 
     なだれ
  峯の雪が裂け
  雪がなだれる
  そのなだれに
  熊が乗つてゐる
  あぐらをかき
  安閑と
  莨(たばこ)をすふやうな恰好で
  そこに一ぴき熊がゐる
      井伏鱒二『厄除け詩集』(講談社文芸文庫)
 

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日日の言葉

         冬             井伏鱒二
 
   三日不言詩口含荊棘
 
   昔の人が云ふことに
   詩を書けば風邪を引かぬ
   南無帰命頂礼
   詩を書けば風邪を引かぬ
   僕はそれを妄信したい
 
   洒落た詩でなくても結構だらう
   書いては消し書いては消し
   消したきりでもいいだらう
   屑籠に棄ててもいいだらう
   どうせ棄てるもおまじなひだ
 
   僕は老来いくつ詩を書いたことか
   風邪で寝た数の方が多い筈だ
 
   今年の寒さは格別だ
   寒さが実力を持つてゐる
   僕は風邪を引きたくない
   おまじなひには詩を書くことだ
 
 
      拾遺集『厄除け詩集』(講談社文芸文庫)
 
 

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日日の言葉

   ギリシア人が言葉に就ては、常に肉声の言葉を重んじてゐた
  ことは、ワイルドも言つてゐる。それが散文でも、プラトンは
  対話の形で書いてゐて、確かにギリシアの古典時代の散文は耳
  に聞える。そしてそのことまでギリシアの古典文学の特色と考へ
  てはならないので、言葉を全面的に生かして使ふならば、音
  の要素も当然その働きのうちに含まれることになり、ギリシヤ
  に限らず、名文は我々の耳にも響いて記憶に残る。事実、散文
  は初めは雄弁の形で発達したのかも知れなくて、散文が語られ
  る代りに書きとられることになつたのは、もとは雄弁術の手本
  に使ふ為だつたといふことが考へられる。例へば、デモステネ 
  スはトゥキュディデスの名文に打たれて、その歴史の全文を八
  度も自分で写し、殆どこれを暗記するに至つた。併しトゥキュ
  ディデス自身が言つてゐる通り、彼は一時的な雄弁の効果を収
  めるのでなしに、永遠の宝を残すのが目的でその歴史を書いた
  のである。
        吉田健一『吉田健一集成2 文学概論』 (新潮社)
 

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日日の言葉

    冬は日が落ちるのが早い
 
  暗いところから見る、明るい場所が好きだ。
  喫茶店が流れていく車輌を無視して、
  大きな窓から橙の光をこぼしていた。
  体の奥にああした部品があるなら、
  もうすこし体をいたわって生きることもできる、
  と、思いながら暗い道ばかりを選び、
  走ったって、遠のいても近づいてもこない月を見上げている。
 
  何もかもが変わろうとしている、
  お腹が空きすぎると体の中に空気がめぐって、
  空模様といつも以上にリンクする、
  今は夜で、流星群がぱきぱきと流れて、春らしい感覚、
  何もかもが変わるようなそんな感覚に満たされている。
  今、何か食べたらものすごく美味しいぞ。
 
       最果タヒ『愛の縫い目はここ』(リトルモア)
 
 

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日日の言葉

 
           童謡         夏目漱石
 
  源兵衛が        練馬村から
  大根を          馬の背につけ
  お歳暮に        持て来てくれた
 
  源兵衛が        手拭でもて
  股引の          埃をはたき
  台どこに         腰をおろしてる
 
  源兵衛が        烟草をふかす
  遠慮なく         臭いのをふかす
  すぱすぱと       平気でふかす
 
  源兵衛に        どうだと聞いたら
  さうでがす       相変わらずで
  こん年も        寒いと言った
 
  源兵衛が       烟草のむまに
  源兵衛の       馬が垣根の
  白と赤の        山茶花を食つた
 
  源兵衛の       烟草あ臭いが
  源兵衛は       好きなぢぢいだ
  源兵衛の       馬は悪馬だ
 
           明治三十八年一月一日「ホトトギス」
 
 

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