日日の言葉

あけがたの夢              谷口純子
 そこは赤茶けた畳の二階で、わたしは娘と一緒に何かを
食べている。安くて美味しいものを食べさせてくれる評判の
店らしい。食べ終わって、横にある紙袋からスカートをとりだし
はいているカーゴ・パンツから着替えようとしたら、娘がおどろ
いている。娘のショックが伝染してはきかけたスカートをもとに
もどした。なんだか変なことをしてしまったようだ。そうしたら
隣にいた小太りのお兄さんが誰かを猛烈になぐりはじめた。
押し入れの中まで追い詰めてぽかぽかやっている。娘と
状況を解釈しあいながら、階下におりると海水がひたひたと
みちていて、大小さまざまな魚が泳いでいる。中くらいの鯛の
ような魚は歯がぎざぎざで凶暴そうである。「これはまずくって
ね」と声がして、いつのまにかかたわらにすべてを心得たような
女性が膝をそろえて座っている。細面のおとなっぽい人。
壇蜜とか竹久夢二の「黒船」の女の人のふんいきだ。そうか
食べられないのかと、じっと魚の動きを追っていると猛烈に
狩猟本能がめざめてきて、家中さがしまわって、やっと針箱
から絹糸を見つけ、ああ釣針がないとあせっているところで
目が覚めた。夜中に雪が降っていたらしい。
 

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日々の言葉

 村上の前帝の御時に、雪のいみじう降りたりけるを、様器に
盛らせ給ひて、梅の花をさして、月のいと明きに、「これに歌
よめ。いかがいふべき」と、兵衛の蔵人に賜はせたりければ、
「雪月花の時」と奏したりけるをこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。
「歌などよむは世の常なり。かくをりにあひたることなんいひがたき」
とぞ仰せられける。
 おなじ人を御供にて、殿上に人さぶらはざりけるほど、たたずませ
給ひけるに、炭櫃にけぶりの立ちければ、「かれはなにぞと見よ」と仰せ
られければ、見て帰りまゐりて、
  わたつ海の沖にこがるる物みればあまの釣してかへるなりけり
と奏しけるこそをかしけれ。蛙の飛び入りて焼くるなりけり。
          池田亀鑑校訂『枕草紙(182)』岩波文庫
 

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日々の言葉

闇汁
一、時は明治三十二年十月二十一日午後四時過、處は保等
   登藝須發行所、人は初め七人、後十人半、半はマー坊なり。
一、闇汁の催しに群議一決して、客も主も各物買ひに出つ。取り
  残されたる我ひとり横に長くなりて淋しげに人々の帰を待つ。
一、おくればせに来られし鳴雪翁、持寄りと聞いて、匆々に出て
  行きたまふ。出がけに「下駄の歯が出て来ても善いのですか」
  と諧謔一番。
一、一人帰り二人帰り、直に台所に入りて、自ら洗ひ自ら切る
  クスクスと忍び笑ふ聲、忽ちハハハハハとどよみ笑ふ聲。
一、準備出来る迄に一會催すべしとの議出つ。座上柿あり、柿
  題とす。鳴雪翁曰く十句の時は屹度句が失せますと。果して
 然り。
一、瓢亭、青々後れて到る。物無く句無し。
一、一個の大鍋は座敷の中央に据ゑられ、鍋を囲んで座する人
  九人、伏す人一人、いずれも眼を圓くし、鼻息を荒くして鍋の
  中を睥睨す。鍋の中から仁木弾正でもせり上りさうな見えなり。
 ぬば玉の闇汁會はいよいよ幕あきとなりぬ。
一、鳴雪翁曰く、飯を喰ふて来て残念しましたと。先づ椀を取つて
 なみなみと盛る。それより右廻りに順を追ふて各盛る、廻つて
 未だ半に至らず鳴雪翁既に二杯目を盛る。「實にうまいです」。
一、盛るに従つて杓子にかかる者、青物類はいふに及ばず、豚
 あり、魚あり、餅あり、竹輪あり、海の物、山の物、何が何といふ
 事を知らず。只かからぬは一寸八分の観音様あるのみ。
一、鍋の中を杓子にてかきまぜながら「ヤーヤー餡餅がかかつたぞ、
 誰だ誰だ、大福を入れたのは」と碧梧桐「」ぶ。皆々笑ふ。固より
 入れた者の外に入れた者を知らず。
 
       正岡子規:底本「ほとときす 第三巻二號」ほとときす發行所
       1809(明治32)年11月10日発行

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日々の言葉

 僕にとって音楽というものの最大の素晴らしさとは何か?それは、いいものと
悪いものの差がはっきりわかる、というところじゃないかな。大きな差もわかるし、
中くらいの差もわかるし、場合によってはものすごく微妙な小さな差も識別できる。
もちろんそれは自分にとってのいいもの、悪いもの、ということであって、ただの個人
的な基準に過ぎないわけだけど、その差がわかるのとわからないのとでは、人生の
質みたいなのは大きく違ってきますよね。価値判断の絶え間ない堆積が僕らの人生
を作っていく。それは人によって絵画であったり、ワインであったり、料理であったり
するわけだけど、僕の場合は音楽です。それだけに本当にいい音楽に巡り合った
ときの喜びというのは、文句なく素晴らしいです。極端な話、生きててよかったなあと
思います。
    村上春樹(余白のある音楽は聴き飽きない『雑文集』)新潮文庫

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日々の言葉

 日本人のもてなしは嘲笑的でもなければ偽善的でもありません。
もっとも、自分たちの見事な戦術が初めて来日した外国人に及ぼす
効果は十分に意識しています。誇りと心からのもてなしの気持が
混じった彼らの歓待の裏にはアジアの良き伝統が生きています。
日本は非常に恵まれた国です。国土は大変に美しく、外敵の侵入に
よって農地や寺が荒らされたり、木々が焼かれたことがありません。
国民は勤勉で親切です。世界でもユニークな演劇の伝統があります。
      キャサリン・サムソン、大久保美春訳
      『東京に暮す  1928-1936』(岩波文庫)

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日々の言葉

黒鯛大明神
 むかし土佐国のある山奥の村へ、浜から一人の魚商人が、魚を
売りに入って行きました。寂しい山路で、路の脇の林の中に、誰かが
罠をかけて置いて、それに山鳥が一羽かかっておるのを見ました。
魚売りは之を見て欲しいと思いましたが、只取って行くのはよくない
事であるし、そこにちょうど人がいないので、代りに自分の籠の黒鯛
を三尾挟んで置いて、黙ってその山鳥を取って帰って来ました。その
後から村の人が来て見て、山に黒鯛のいるのが既に不思議である
のにそれが山鳥の罠にかかるというのは只事ではよもあるまい。
なんでも是は天の神のお示しであろうと、一同評議をして直ぐに
小さな社を建てて、その三尾の黒鯛を齋い込めて、黒鯛三所権現と
唱えて祭りました。その評判が伝わりますと、方々からお参りに来る
者があって、社は大へんに繁昌しました。後に魚売りが又遣って来て、
山鳥を持って行った話をする迄には、もう繁昌のお宮になっていた
そうであります。
            柳田国男『日本の昔話』(新潮文庫)
 

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日々の言葉

 くらき人の、人を測りて、その智を知れりと思はん、
さらに当るべからず。
 拙き人の、碁打つ事ばかりにさとく、巧みなるは、賢き人の、
この芸におろかなるを見て、己れが智に及ばずと定めて、万の
道の匠、我が道を人の知らざるを見て、己れすぐれたりと思はん
事、大きなる誤りなるべし。文字の法師、暗証の禅師、互ひに
測りて、己れに如かずと思へる、共に当らず。
 己れが境界にあらざるものをば、争ふべからず、是非すべからず。
                           (第百九十三段)
           『徒然草』(ワイド版 岩波文庫16)

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日々の言葉

 先生は学問と実生活の愛が混合されながら生きていられる方で
あったから、何も説明せずに要点だけぽんとおっしゃるのである。
 それは先生の短歌に端的にあらわれる。五・七・五・七・七、が
全部要点の抓み置きなのである。迢空短歌は一首が一宇宙に
なっているし、一首が文学史であり、一生の総括となる。これを
わかってあげないから、折口信夫は時に激怒し、この世がいやに
なる。若い日は自殺しようとし、老いてからは耄碌してみたくなる
のである。
      穂積生萩『私の折口信夫』(中公文庫)

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日々の言葉

 「あれは、不思議なる皮膚だね」
 「ヒフ?」
 「いや、皮膚というのは変だな。ま、鎧だな」
 この辺になって、私はようやく会話が蚤についてのものだと
 気がつくのである。しばらくの沈黙ののち、父は「大した発明
 だよ、ほんというと」と独語した。私がDDTのことを言っている
 のかなと考えていると、父は更にこう付け足した。「あの鎧はな」
 私はそこで怺えきれず声に出して笑ってしまったが、父も当惑し
 たように笑い、
 「何かおかしいか」
 「いや、その、ヨロイが大した発明というから・・・・・・」
 「ウン、そう言われれば変だな。この頃は何言っているのか
 わからんからな。・・・・・・人もいろいろ聞いているだろうね」
 「何をですか」
 「わしが言ってるなかで、へんなこと言うのをいろいろ聞いて
 るだろうね」
             北 杜夫『茂吉晩年』(岩波現代文庫)

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日々の言葉

 広島の千福という酒は、極上のものは何よりも誰か恰幅がいい男が
黒羽二重の紋服を着て、主人の席に納った所を思わせる。その感じが
ゆったりしているからこっちもゆったりし、酒の旨さが重さとなって舌に
来て、全身が落ち着いてじっくりと酒と取り組む気持になる。もう一つ、
地下室の店でその晩出た酒で思い出したのがあって、それは佐渡ケ島
の何とかいう村で作っている勇駒というのだったが、これは考えただけで
武者振いするような名品で、その晩もそれらしいものがあった時には涙で
眼の前がぽっと霞んだのを確かに覚えている。
         吉田健一『酒宴』(講談社文芸文庫)
 

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