日日の言葉

             日常
 
     おはようございます
     こんにちは
     いただきます
     ごちそうさま
     ありがとう
     おやすみなさい
 
   これらは日常のことばである
   この国に大地震と大津波が来て放射能が降って
   日常が揺らいできたから
   日常をはっきり声にすることで揺らぎを抑えようとする
 
   抑えられる
 
           高橋順子『海へ』(書肆山田)
 

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日日の言葉

       親知らず
   わたしを産んだ女性の名前は知らない
   わたしが母と呼んでいるのは
   彼女ではないから
   背が高かったか 低かったか
   どのような顔をしていたか
   私のように金髪だったか
   どこから来たか
   誰と住んでいたか
   誰と愛を交わしたか
   私を産んだとき
   痛かったか 麻酔剤を頼んだか
   分娩室で一人ぼっちだったか
   手をつないだ人がいたか
   わたしを病院に譲りわたしたとき
   こちらを向いたか
   はっきりと
   わたしの顔が見えたか
     知らない
 
   だから 歯医者が
   わたしの口をのぞきこんで
   わたしの血統を初めて
   教えてくれたとき
   舌がまわらなかったのは
   麻酔剤のせいではない
   臼歯の角度から
   先祖の出身国が読める
   と 歯医者は言った
   重くなった頭を凭せかけて
   眠りに落ちていくと
   母音があふれるゲール語で
   話しかけてくれる先祖たちが
   瞼の裏に押し寄せてくる
   その真中に立つのは彼女
   彼女の不明だった輪郭が 初めて
   ぼんやりとした形を取る
   私の親知らずが
 
   抜かれた瞬間に
 
      ジェフリー・アングルズ『わたしの日付変更線』(思潮社)
 
 
 

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日日の言葉

 ビジネスマンは、自分たちが使い慣れている言語で話して
いる。このもったいぶった名詞や動詞によって、ごく普通の
出来事まで冒険的な性格を帯びてくる。こうして、重役は
インキ消しの間を、まるで騎士のようにきらびやかに着飾って
歩いている。彼を許してあげよう。元気な人は、みんな白馬に
またがりたがるものだから。問題は、ビジネスマンの用語が、
一般人の散文に用いられるかどうかである。同じ内容のことが、
努力さえすれば、それほどいかめしくない表現で表せるものだ。
ビジネスの世界で使われる多くの特殊な単語は、正確な意味
よりは、書く人の夢を表すために考案されたようだ。そのような
単語は、もちろん、全部直ちにお払い箱というわけにいかない。
言語では、どんな単語でも、健康な好奇心をもっている人に
とっては、すぐに捨てることはできない。updateは悪い語では
ない。ふさわしい場面で使えば、有用である。しかし、まかり
まちがえば、有害であって、新造語をあまり急いで使うと、
その新語が場ちがいの所に入りこんで、読者を苦しめるという
困った事態が起る。
  William Strunk Jr. &  E.B.White 『The Elements of  Style 』
                              荒竹三郎訳 (荒竹出版)
 

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日日の言葉

      池(pond)          白石かずこ
 
 帰りな といった
 今晩は おまえといたくないから帰りな
 といった
 おまえは鼻をすすって泣きながら
 帰っていった
 おれは 帰るところがない
 
 おまえが おれの心から 泣きながら
 でていった道を 何度もなすった
 おまえの涙のしみが おれの中のあっち
 こっちに ついていて
 そこが池になっていたので その池の部分
 だけいつも重くなってる心をかかえて
 その晩 おれは眠ったのだ
 
                     『今晩は荒模様』
 
 

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日日の言葉

     崖       石垣りん
 戦争の終り。
 サイパン島の崖(がけ)の上から
 次々に身を投げた女たち。
 
 美徳やら義理やら体裁やら
 何やら。
 火だの男だのに追いつめられて。
 とばなければならないからとびこんだ。
 ゆき場のないゆき場所。
 (崖はいつも女をまっさかさまにする)
 
 それがねえ
 まだ一人も海にとどかないのだ。
 十五年もたつというのに
 どうしたんだろう。
 あの、
 女。
 
 

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日日の言葉

          恋       染野太朗
 
 みづからを引き上げながら飛行機が悲しみのごとき震へにふるふ 
 しあはせの君にかかはることできず冬が去る雨のすくなかつた冬
 湯にしづみ色あたらしき菜の花をわが菜箸のつついてやまず
 一度だけセックスをした人に買ふ財布も黒でよいのだらうか
 水槽をかたむけたれど水平をたもつ水、怒りのやうに水
 四月二日物干し竿を光ごとぬぐつてはぼくは布団を干した
 手水舎を囲む手のみな濡れびかりはづかしきまで動いてゐたり
 嫉妬を投げつけてほしかつた茶碗とか花瓶とか小銭のごとく
 落日にかがよふ、ぼくを拒んだり信じたりせぬ君のよこがほ
 博多駅阪急地下に泣きやまずごぼう天うどん啜る春なり
 
         「文學界 七月号(2017)」
 
 
 

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日日の言葉

        いつも誰かの
 
  いつも誰かの電話が気になっていたこと
  何もしなくていい一日があったこと
  暗くなるまで詩を書いたこと
  横着だと責めない男たちと
  野山を歩いたこと
  晩ごはんをぬいたこと
  いつもご破算にできると思っていたこと
 
  さようなら
 
 
                                         高橋順子『時の雨』(青土社)
 
 
 

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日日の言葉

  殺人事件     萩原朔太郎
 
とほい空でぴすとるが鳴る。
またぴすとるが鳴る。
ああ私の探偵は玻璃(はり)の衣装をきて、
こひびとの窓からしのびこむ。
床は晶玉、
ゆびとゆびとのあひだから、
まつさをの血がながれてゐる、
かなしい女の屍体のうへで、
つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。
 
しもつき上旬(はじめ)のある朝、
探偵は玻璃の衣装をきて、
街の十字巷路(よつつじ)を曲つた。
十字巷路に秋のふんすゐ、
はやひとり探偵はうれひをかんず。
 
みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、
曲者(くせもの)はいつさんにすべつてゆく。
             『月に吠える』
 

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日日の言葉

 或る朝、萩原は一帖の原稿用紙をわたしに見せてくれた。
いまから十三四年前に始めてわたしが萩原の詩をよんだ
ときの、その原稿の綴りであつた。わたしは読み終へてから
何か言はうとしたが、それよりもわたしが受けた感銘はかなり
に繊く鋭どかつたので、もう一度黙つて原稿を繰りかへして
読んで見た。そしてやはり頭につうんと来る感銘が深かつた。
いいフィルムを見たときにつうんとくる涙つぽい種類の快さ
であつた。わたしはすぐ自分のむかしの詩を思ひ返して、萩原も
いい詩をかいて永い間世に出さなかつたものだと、無関心で、
無頓着げなかれの性分の中に或る奥床しさをかんじた。かれは
何か絶えずもの珍しいものを秘かにしまつてゐるやうな人がら
である。
                五月二十一日朝
                           犀星生
                          (純情小曲集序文)
 

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日日の言葉

 ところで、子規が他の俳諧宗匠と異質の「俳句」観を示し得たのは、
帝国大学を頂点とする近代教育で西洋諸学問に接した体験が大きかった
といえます。碧梧桐句を評した「印象明瞭」にしても、当時は「印象
(impression)」という言葉自体が西洋心理学や美学の学術専門語で、
日常でまず使用されない新奇な表現でした。子規以前にも、発句の
余情を「気韻生動」(中国画の理想で、気品や情趣が感じられること)
と画論を例に説いた俳諧宗匠は存在しましたが、西欧渡来の「油画」
「印象」等をちりばめつつ「写生」作品を論じた俳句論は史上初といえ
ます。子規は帝大時代に最先端の精神物理学(現在の心理学)等を
受講し、人間の五感で最も複雑なのは視覚で、目で確認しうる事物が
多くの「印象」を惹起するといった西洋科学を学んでおり、ゆえに
「印象明瞭」であることが「俳句」として価値が高い、と断言しえたのです。
 
     青木亮人「俳句の変革者たち」(NHK出版)
 

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