山猫図書館

     緑子は一面が薄むらさきに染まった窓の外を示してわたしの目を見、それからまたすぐに窓のほうに顔をむけた。懐かしいほうへ、
  まだ見ぬほうへ広がってゆく空には、指のはらであとをつけていった
  ような雲のきれはしが散らばっていた。その隙間からはかすかな光が
  こぼれ、むらさきの、うす紅の、濃い青の濃淡を、やさしくふちどっていた。
  目をこらせば遥か上空で吹いている風がみえ、手を伸ばせば、世界を包んで
  いる膜にそっとふれることができそうだった。二度と再現することのできない
  メロディのように、空は色を映していた。
  「ほんまやな、葡萄の粒んなかおるみたい」とわたしは笑った。

 

       川上未映子「夏物語」(文學界/2019/3月号)

 

 

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 島の井

 

 山羊のゐる家を過ぎて

 島の井に寄つたのはきのふ

 

 穴井の底の暗い水影から

 まだもどらないわたしを待つて

 けふが過ぎる

 

 この島では

 山羊の数だけのよろこびがあると

 教へられたが

 人のうれひについては

 だれも口にしない

 

 目覚めつついまだ夜深く

 荒浜に出でて

 なほも帰らないわたしをうたふ

 

 あすは半島のさきの

 きのふの島の井の水の行方のはて

 山羊ひとつなく漁の住まひに

 島をみなの尻のやうな甕の底をのぞきに行くだらう

 わたしといふ舫(もやひ)の先に

 すでに舟はなく

 島も見えないといふのに

 

         時里二郎『名井島』(思潮社)

 

 

 

 

 

 

 

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 僕もいま、困惑している。これからどんな時代が訪れるのか、

たった十年後の世界がどんな場所になっているか、僕には

想像もつかないのである。

 こんな時代に、子どもにどういう教育を受けさせるべきかと、

同世代の子を持つ親に聞かれることがある。僕が思うに、

「子どもに教育を受けさせる」という発想を捨てることこそ、

まず一番にやるべきことではないだろうか。

「子どもに教育を受けさせる」というとき、どこかで自分は

「学び終わって」いる側で、子がこれから「学ぶ」時代に突入

するのだという考えが頭にあるのではないか。

しかし、制度や規範が流動化している現代において、学びが

終わるということはない。学ぶことは安定した大地の上にピラミッド

を建設することより、どちらかといえば、荒波の上でサーフボードを

操縦し続けることに似ている。絶えず重心と姿勢を調整しながら、

動き続け、考え続けないといけないのである。足場を固定し、人生の

序盤で蓄えた知識でやりくりしていくことができるほど、世界はもう

単純ではない。

 

      森田真生『数学の贈り物』(ミシマ社)

 

 

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  彼の音楽はたとえて言うなら、どこからともなく予告なしに現れ、
何かすごいもの、理解しがたいパッケージをテーブルの上にひょいと
置いて、一言もなくまたふらりと姿を消してしまう「謎の男」みたいだった。
モンクを主体的に体験するのはとりもなおさず、ひとつのミステリーを
そのまま受け入れることだった。マイルスもコルトレーンもたしかに
素晴らしい。天才的なジャズ・ミュージシャンだ。そこに疑問の余地は
ない。でも彼らが真の意味で「謎の男」であったことはーーー僕の
個人的意見を言わせていただけるならーーー一度もなかった。
 
             村上春樹 編・訳『セロニアス・モンクのいた風景』
             (新潮社)
 
 

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  夏の夜明けが終わる。
あいまいなすみれ色の空気の上に、東の山の端を越えて落
ちてきた朝の光が、一瞬のうちに、垂らした絵の具のように
湖面いっぱいにひろがる。岩間や茂みの下で、小さな薄闇た
ちが丸まって、最後の吐息をもらしている。
 東風はとうにやんでいる。平らに凪いだ湖の、ぜんたいが
息を吸い、息を吐く。水の上に、音符のように跳ねる魚。音
に反応し、オクターブ急降下して潜る魚。空気を刈り取るよ
うな声でヨシキリが啼く。鳥たちの声がつぎつぎにあがり、
ふるえる銀の雲みたいに凝集し、ヨシ原上空を渡っていった
かとおもうと、湖水の上でぱっと散る。無重力の静けさがた
だよう。
      いしいしんじ『チェロ湖 (1 まっすぐな釣り針)』新潮2月号・2019
 

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ラグーザの大通りを、旅行者たちは薄茶色と灰色の長い列をなして、
ぞろぞろとあるいていた。店頭で、飾り紐のついた帽子や、風に揺られる
刺繍入りのダブダブの上着を見ると、安上がりな土産物だの船上での
仮装舞踏会用の衣装だのを探しまわる旅人たちの眼が輝くのだった。
地獄としか言いようのない暑さであった。ヘルツェゴビナの禿山の連峰
が凹面鏡の役をして、太陽熱をラグーザの町に集めているのだ。フィリップ
・マイルドは、むっとするような薄暗がりに蠅がぶんぶん唸っているドイツ風
のビヤホールに入っていった。この店のテラスはおかしなことにアドリア海に
面している。街の真中の、全く思いもよらぬ場所に海が姿を見せている
のだが、ちらりと垣間見られるその藍色は、市の立つ広場の雑多な色合いに
もう一つの色を付け加えるにすぎない。積みあげた魚のあらから悪臭が
立ちのぼり、それをやりきれないほど真白なかもめが片づけていく。沖からは
そよとの風も吹いてこない。フイッリプと同じ船室の相客である技師ジュール・
ブートランは、遠目には海に浮ぶ巨大なオレンジとも見える火の色をした
パラソルの蔭で、まるいテーブルに席を占め、一杯やっているところだった。
     マルグリット・ユルスナール(多田智満子訳)『東方綺談』
                                 白水社

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 君が若さを失はずにゐるうちは、
 私は鏡を見ても自分が年取つてゐることを認めない。
 併し君の額に皺が現れたりすれば、
 君は死が早く来て私を片付けてくれることを望む。
 何故なら、君を包んでゐる君の美しさは
 私の心の晴れ着でしかないからで、
 君の胸に私の心が住み、私の胸の中に君の心が住んでゐるなら、
 どうして君よりも私が年取ってゐると言へるだらうか。
 それ故に君は君自身を大事にしなければならなくて、
 私も私自身の為ではなしに、君の為に自分を労り、
 優しい乳母が赤子を危険から守る気持で、
 君の心から眼を離さずにゐる。
 私の心が傷いても、君の心は無事だと思つてはならない。
 君は後で取り返す気なしに、私に君の心をくれたのだから。
 吉田健一訳『シェイクスピア詩集 第22番』(平凡社)
 

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    春中与慮四周諒華陽観同居    白居易
うまれつきものぐさ同士気があつたみやこはづれの華陽観にて
門前のものさびしくてなほのこと親しみあへり風のまにまに
ともしびをぐいとそむけてあひみての今は臥し待つ真夜中の月
花かげをかたみにふめば相惜しむ逢瀬にもにてわかものの春
あんず咲く鄙(ひな)の住まひは平穏でヴァカンス気分もてあましたり
ペンをもて世渡る身とはなるなかれこの貧しさはどうにもならぬ
君はかくも痩せ果ててゐる うるはしきうつはに水はあふれやまねど
ひむかしの風に吹かれて思ふなり天はいかなる材を待つらむ
                            小津夜景訳
     小津夜景『カモメの日の読書』(東京四季出版)
 

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   小さな家を人里にかまえながら
   わずらわしいつきあいとはまるで縁がない
   なぜそう上手くゆくのかと君はきくけれど
   心が世間から遠く離れてさえいれば
   町にいたって秘境に隠れているようなものなんだ
   東の垣根で菊を摘んでいると
   はるかかなたの南山がふと目に入る
   山のおもむきは夕日にひときわ美しく映え
   鳥たちは連れ立ってねぐらへと還ってゆく
   こうした風景の中にこそ
   人生のほんとうの意味がある
   ただそれを言いあらわそうにも
   とうの昔に言葉を忘れてしまった
     陶淵明「酒を飲む二十首 その五」
       (小津夜景『カモメの日の読書』東京四季出版)
 

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 最初の頃は、リヴベルに着いたときでも太陽は沈んだばかりで
まだ明るかった。明かりがまだ灯されていないレストランの庭では
、昼間の暑さが衰え、まるでそこが花瓶の底ででもあるかのように
沈澱していたが、その花瓶の内側に沿って透明で暗い大気の層が
ゼリー状になってしっかりとまとわりついているかのごとく感じられた
せいか、すでに翳った塀に寄り沿ってそこに薔薇色の縞模様を浮き
上がらせている一本の大きな薔薇の木は、縞瑪瑙の底に見える樹
枝模様を連想させた。それからいくらも経ないうちに、私たちが馬車
から降りるときにはもう夜になっていたし、天気が悪ければ風雨が
弱まるのを待って馬車の支度を遅らせたりしたので、バルベックを
発つときにはすでに日が沈んでいることもしばしばだった。
 プルースト『失われた時を求めて「第二篇・花咲く乙女たちのかげに」』
 (高遠弘美訳・光文社古典新訳文庫)
 

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